比嘉照夫のすべて:ミカンへの取り組みと微生物との出会い

比嘉照夫のすべて:ミカンへの取り組みと微生物との出会い

EMの開発者である比嘉照夫先生は、

琉球大学農学部教授を歴任されていますが、

沖縄にミカン栽培を導入したことはあまり知られていません。

ミカンなどの果樹栽培農家を視察されるといつも

「私の専門は果樹なんですよ」ととてもうれしそうにされる先生ですが、

実は、1960年代、ほかの専門家がそうであったように

化学肥料や農薬のエキスパートでもあったのです。

ご自身の口からも「当時は、化学肥料や農薬を使っていれば

農業生産の問題はすべて解決できると考えていた」と話されています。

 

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しかし、現実には、農薬を使っても防げない病気や虫がでてきて、

農薬を使えば使うほど悪循環に陥っていたのです。

このままでは、農業がだめになる、農業をやる人がだめになる。

しかし、土を力を回復させるための有機物が手に入らない。

手に入れたとしても手間がかかる。

昔のきつい農業には戻れない。

そういう袋小路の中で、最後の手段として微生物を検討することなったのです。

1970年のことです。

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それから10年。

国内外の販売されている微生物をほとんど集めても大半は使えず、

自分で微生物を探すことに。

たい肥や大木の下とか、味噌や醤油などつくる醸造所など、

あらゆるところから微生物を集め、

これを使えるか使えないかをどんどんチェックしても、成果なし。

しかし、ひとつの結論には達しました。

「微生物を1種類づつ試験してたら、私が死ぬまでやっても結論がでない」。

そこで結果を早く明確にするために、

人間が飲んでいいものに絞って実験を繰り返すことに。

人間が口にしてもいい微生物だから、まとめて捨てても問題なしと考え、

みんな混ぜて試験区以外のところと空き地に捨てたところ、

なんと微生物たちをかけたところの作物は順調に生育し、

空き地の草も勢いよく伸びてしまったのです。

「なんだ、人間にいい微生物をまとめるとよい結果になるんだ」。

10年の悪戦苦闘の末、偶然に発見されたEM。

「共存共栄のコンビネーション」、

つまりはEMのもとがこうして比嘉先生にもたらされたのでした。

しかし、一挙に混ぜ合わせるとそれぞれの微生物が主張して上手くいかず、

何段階の過程が必要でしたが、1982年ついに応用実用化されたのです。(つづく)

 

イーエムジャパンネット通販担当

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