サクランボの生産量:日本一の山形県東根市サクランボ<佐藤錦>誕生ストーリー

こんにちは!イーエムジャパンネット通販店長の高橋万里子です。

果樹王国と呼ばれる山形県でも特別な存在「佐藤錦」誕生の地、
東根市で、20年間EM栽培でサクランボを育てている高橋農園さんのEMサクランボをお届けできることになった、EMジャパン!

この美しい果実「佐藤錦」のことを知りたくなり、
産地と誕生の由来について調べてみました。

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◆サクランボ<佐藤錦>誕生ストーリー

佐藤錦の故郷・東根市は、最上川支流の川の扇状地にあり
水はけが良過ぎて水田に向かず、昔から畑地でした。

明治の初め・・・
政府が果樹栽培推奨で西洋果樹の苗木を配布、
サクランボ苗木も含まれていましたが・・・
収穫期が梅雨と重なるせいで実が割れて、日持ちもせず
山形県でのサクランボの生産量は伸びなかったという。

新しい品種を作れないかーーー?
そう考えたのが、佐藤栄助翁でした。
事業が失敗して、東根町(当時)の中心部から
南方に移り住み、広大な松林を開墾する毎日。

果樹栽培が趣味だった彼は、
果肉が固くて酸味のある「ナポレオン」と、
甘いが保存の難しい「黄玉(きだま)」に着目。
交配によりできた実を発芽させて苗木を作り、
そのなかで良いものを移植して育成したのでした。

大正11(1922)年、初の試作のサクランボが実を結びました。
さらに選別を重ね、2年後、ついに最も優れた1本、
すなわち原木の育成に成功。
つまり、佐藤錦の祖先の木が育ち、実を結んだのです。
本格的に取り組んでから、15年余りの歳月が過ぎていたそうです。

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この15年間の苦労を支えたのが、若い友人の岡田東作でした。
二人は兄弟のようなきずなで結ばれていたという。

当初、新品種を「出羽錦」と名付けようとした佐藤栄助翁に対し、
岡田東作は「佐藤錦」としては、と提案したそうです。
砂糖のように甘いと喜び合ったことに由来するそうだが、
それだけでなく、栄助翁を兄と慕う
岡田東作の友情と敬意の表れだったのでしょう。

佐藤錦は、岡田東作の努力で普及が進み、
サクランボを代表する品種へと成長を遂げました。

生みの親が佐藤栄助翁、育ての親が岡田東作といわれ、
山形のフルーツ王国、サクランボ王国を築いた2人。

15年もの長い間の研究と栽培への努力が実を結び
今では、山形だけでなく、日本のサクランボといえば、
佐藤錦といわれるようになりました。

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初夏の食卓を華やかに彩る佐藤錦。
先人らの情熱を映すかのようなルビー色の実を、
EM栽培歴20年の山形県エコファーマー認定の高橋農園から、
今年は、EMジャパンからも、6月28日
限定お届けで、特別に出荷が可能になりました。

初めてのお届けですから、わくわく、どきどきです。
この季節にしか、お届けできない、
赤い宝石「EMサクランボ」佐藤錦ですよ!
どうぞ、ご注文をお待ちいたしております。

☆山形産☆高橋さんのEMサクランボ [佐藤錦] 500g
☆山形産☆高橋さんのEMサクランボ [佐藤錦] 1kg

 

 

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