「フジコ・ヘミングの時間」を観てきました!

◆映画「フジコ・ヘミングの時間」を観てきました!

こんにちは!イーエムジャパンの高橋万里子です。
昨日、銀座で映画「フジコ・ヘミングの時間」を観てきました!

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世界的ピアニスト、フジコ・ヘミングさんの過去から現在、
ワールドコンサートツアーの様子やパリのご自宅や
愛すべき犬や猫たちとフジコさんの素顔が詰まった映画・・・

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今日は銀座シネスイッチでのロードショー初日とあって
30分前から、長蛇の列・・・
結局、1回目の上映には座れませんでした。
やっと、2回目の座席指定を確保でき、ほっとしました。

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幼年期からドイツ系ピアニスト、レオニード・クロイツァーに師事
東京芸大在学中には新人ピアニストの登竜門である数々の賞を受賞しながら
国籍がないため、30才までピアノ留学も出来なかったフジコさん。

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映画の中で、フジコさんの現在から、過去をたどります。
自分の生まれた場所、ピアノ留学をしていた大家さんを訪ね、
愛していた人たちの残像を求めて世界中を旅するフジコさん・・・
ジグソーパズルの1ピースをひとつづつ、はめ込んで
今のフジコさんが見えてきました。

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これは、フジコさんが14歳の時の夏休みの絵日記
お母様が残してくれた下北沢のお家で見つけたそうです。
映画にも出演された弟さんのことも描かれていて
スウェーデン人の父の突然の帰国・・・
母子家庭で、苦労を共にしてきた家族との日々が
14歳の少女の感性で描かれています。

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16歳の頃、中耳炎で右耳の聴力を失ったフジコさんですが、
1961年に、駐日ドイツ大使の助力により、赤十字に認定された難民として
国立ベルリン音楽大学(現・ベルリン芸術大学)へ留学を果たします。

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しかし、ヨーロッパ留学中も苦労の連続でした。
リサイタル直前に風邪をこじらせ左耳の聴力を失います。
(貧しさで、真冬の部屋に暖房をつけることができなかったため)
フジコさんは演奏家としてのキャリアを一時中断し失意のどん底にいました。
(その後のリハビリで左耳は聴力40%を回復)

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つらくても、貧しくても常にピアノの練習をしてきたフジコさん
よく、お母様とはけんかされていたそうですが、
今があるのは神様とお母様が空から見守ってくれているからと・・・

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1999年にTVのドキュメンタリー番組で取り上げられて
一躍、時の人となったフジコさんは、そのとき67歳。
普通は、引退する年です。
大変貧しく苦しい状況が長らく続きすぎていました。
父のいない家庭、異人といじめられた時代、
聴力を失い、音楽家としての道を見失いかけたとき・・・
それでも、ピアノをひくことを諦めず、上をむいてきたフジコさん。

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だからこそ、フジコさんは、「いつも、気分は16歳のままよ」と!
67歳から、世界中を飛び回るピアニストになったのです!
世界各地に自分の家を持ち、マネージメントも全て自身でこなす、
そんな、86歳の女性ピアニストがどこにいるでしょうか?
世界中の女性の憧れの的、そして誇りですよね。

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パリの自宅では犬(アンジン)や猫(ちょんちょん)らと暮らし、
絵や建築、動物を愛するフジコさんの素顔が見れます。
古い建物、古い写真が飾られた室内・・・
そして、残された時間がわずかと思ってるフジコさん
今しか、行くしか、探すしかないでしょ!と
思い出のかけらを探しに世界を巡ります。

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ベルリンに今でも、フジコさんが生まれたアパートメントが残っていました。
その時のフジコさんの顔は輝いていました。
とうとう、最後の1ピースを見つけることが出来たのです。
フジコ・ヘミングの過去パズルは完成しました。
フジコさんの14歳の時の絵日記の画集も出版されるとかで
フジコ・ヘミングの新しいジグソーパズルがはじまるのですね。

映画の最後のテロップに愛犬「アンジン」や愛猫「ちょんちょん」の名が!
動物愛護のチャリティーショーも行う、フジコ・ヘミングの人生を
まるごと、聴いて、観ることのできる映画です。

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☆現在、銀座シネスイッチで上映中!

映画「フジコ・ヘミングの時間」

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