比嘉照夫教授とEM普及の歩み

幼いときから、ひたむきに、農業を愛してきた比嘉照夫教授のプロフィールをご紹介します。EMの普及の歩みこそが、比嘉照夫(ひがてるお)教授のプロフィールを語っているのではないでしょうか。

EM誕生から、映画「蘇生」までの昭和から平成の37年間の比嘉照夫教授とEMの歩みをたどってみましょう。

◆1982年◆ EM誕生

微生物の働きに着目して研究を重ねていた、琉球大学農学部の比嘉照夫(ひがてるお)教授は、1982年、その成果を「EM技術」として発表しました。

◆1985年◆自然農法国際研究開発センター設立

日本では、EMは、当初、土壌改良資材として、1982年より、普及し始めました。それは、従来の農業や化学肥料漬けの農業への反省から、土の持つ本来の力を大切にした自然農法や有機農業への転換へとの多くの農家の希望でもありました。

◆1986年◆ サラブリ農業人材育成アジアセンター設立

世界で最初にEM技術を、取り入れた国は、東南アジアで最も、国の情勢が安定しているタイでした。

サラブリ農業人材育成アジアセンター。ここでは、タイ人だけでなく、アジア各国から、研修 生が集まり、自然農法とEM技術を学んでいる。

試験期間を含めて、20年余りに渡って、着実に、普及が進み、現在では、農業、畜産をはじめ、学校教育、養殖、ゴミ処理、汚水処理などの環境分野でも広く活用されている。

◆1989年◆ 第一回自然農法国際会議

1989年、第一回自然農法国際会議がタイ北東部のコーンケーン大学で開催された。タイでの最初のモデル農場「ランシット」地域での視察と、EM農法での土壌改良の結果を踏まえて、この技術をアジア全域に広めようと、アジア太平洋自然農法ネットワーク(APNAN)が設立されたのです。

◆1990年◆アジア太平洋自然農法ネットワーク(APNAN)会議

翌年から、毎年、APNANは、タイのサラブリセンターで、加盟国を中心としたEM技術会議を開催し、情報交換を行っている。 また、2年ごとに、代表者会議を開き、随時、各種のプロジェクトを推進。関連団体と協力して、国際的な技術者指導や支援を行っている。

◆1992年◆EM生ごみリサイクル運動

EMの名を日本全国に知らしめる契機となったのが、生ごみ処理での一般家庭での利用でした。日常感覚に根ざしたEM活用が、草の根的に広がっていったのでした。 多くの都市で、住民により、生ゴミリサイクル運動がはじまりました。生ゴミ増に悩む自治体と市民が協同して「環境浄化を進める会」が増え、各地の行政でEM生ゴミリサイクルへの補助金制度が設けられました。

EMで、これまで、ただのゴミだと思い込んでいたものが、資源として有効に活用できると、普通の主婦たちが、気づき始めて、1992年頃から、EMを基盤に、大きなボカシネットワークが全国に大きな広がりを見せ たのです。

◆1993年◆アメリカ自然農法会議

ボカシネットワークは、海を越え、アメリカにまで、広がっていきました。

アメリカ合衆国への導入の大きなきっかけとなったのが、1993年に、アメリカで開催された自然農法会議でした。それと同時に、同年、アリゾナ州トゥーソンに非営利会社として現地法人のEMテクノロジー社が設立されたのです。同社はEM製造のほか、技術指導も行い、大学、非政府団体、農家、畜産業者と共に、キノコ、バラ栽培、湖沼の水質浄化や比較実験など、さまざまなEMプロジェクトを実施している。

アリゾナ州トゥーソンでは、市民ボランティアによって、小学校での生ごみリサイクルも実施されている。子供と共に、EMボカシを作り、給食残飯の生ごみ利用を行っている。

現在では、アメリカから、メキシコ、ホンジュラス、パナマ、コスタリカ、ジャマイカ、カナダなどへも波及し、アメリカ農務省の持続可能な農業を推進するセクションが積極的に後押しをし、ワシントン州にも、オランダのワーグニンゲン大学との関連グループがあり、環境問題部会の議員がシアトル郊外にモデル農場をつくっている。世界に広がるEM活用事例<一覧>はこちら

◆1994年◆EMボカシネットワーク設立

1994年には、EMボカシネットワークが設立され、比嘉照夫(ひがてるお)氏の夫人、比嘉節子さんが、会長に就任しまた 。設立当初には、全国127箇所の授産施設が名を連ねている。EMボカシつくりを通じて、障害者の方々が、何らかの形で、作業に参加でき、地域に役立つ仕事として、誇りをもってかかわれること。地域の人たちとの交流や、ボカシを生産することで、自立することにも繋がっているという。現在では、シルバー人材センターでも取り入れている事例もあり、今後もボカシネットワークは活動を広げている。

◆1994年◆EM研究機構設立

1994年には、「崩壊型から蘇生型」「酸化から抗酸化」というEM技術が、環境問題を解決し、循環型社会を築く大きな力になるとの比嘉教授の考えからEM研究機構が設立されました。EMを使って、循環型社会の実現に向けて行動する人々や、EMでの商品開発を目指す企業にEMテクノロジーを提供するほか、その活動をサポートする機関です。そして、成功した企業は、利潤の一定の割合を、EM普及や世の中の為に還元する仕組みになっているそうです。

◆1998年◆地球環境・共生ネットワーク(Uネット)誕生

1998年には、経済のみを優先の社会から、環境に負荷をかけない、持続可能な社会を目指す、EMの新しいネットワークと して、地球環境・共生ネットワーク(Uネット)が誕生しました。

主な環境活動として、日本橋の橋洗い、東大寺の池浄化、全国一斉EMダンゴなげイベント開催などがあります。

◆1998年◆EM女性会議第一回フォーラム in 関東

この年、大ベストセラーになった比嘉照夫教授の記念碑的「EM宣言書」地球を救う大革命が出版され、日本中にEMの嵐が巻きおこりました。埼玉県所沢市では、主婦や多くの女性たちが、「思いは地球に、行動は台所から」をスローガンに、地球環境を考える会議を開き、毎年開催されています。

◆2006年◆比嘉教授の青空宮殿

2006年、比嘉教授は、15aのひどい荒れ地(住宅地の中にある、ジャリの元駐車場)で あった土地を、誰の手助けも受けずに、誰でも出来るEMでの楽々農法を目指して、 究極の不耕起連続栽培の完成のため、バナナ園を中心に野菜等をつくってきました。
世界、日本全国を飛び回る、比嘉教授は、那覇空港から飛行機に乗る前のわずかな 時間を利用して、スーツ姿のまま、革靴で農作業できるようにと、捨てる古い絨毯を 通路や農園の畝の間に敷き詰めました。
革靴を汚さず、作業が出来、雑草対策にもなり、古絨毯を敷き詰めたことでゴージャス な、イメージが出来、ごきげんの比嘉教授はこの実験農園を「青空宮殿」と名づけたのでした。

◆2011年◆EM災害復興支援プロジェクト

東日本大震災から約2ヶ月半後、気仙沼では、漁業の町ならではの「魚の散乱・腐敗・悪臭」の問題がおこり、その解決にEMが活用されることになりました。

テレ朝の報道ステーションで宮城の鈴木英俊さんの有機田んぼが登場!EM(微生物)活用による塩害対策が報道ステーションで紹介されました!

◆2015年◆映画「蘇生」公開

「不食の時代(2010年公開)」や「祈り(2012年公開)」など、 常に時代の先にあるテーマを追求し、その先見の明に定評がある白鳥哲監督。 2015年4月、白鳥監督の5作目となるドキュメンタリー映画「蘇生」が劇場公開されました。 映画の中では、放射能汚染されてしまった地球を蘇らせる、有用微生物の力に注目しています。 その中で、EM(有用微生物群)にも着目し、開発者である比嘉照夫先生も映画の中に出演されています。
「人間はこの青い美しい地球をとことん汚染してきました。共に生きる動植物・すべての存在を傷めつけてきました。今、私たちはその生き方を改めていかなければならない時にきました。地球はぎりぎりの状況に置かれています。
私たちが傷つけてしまったこの大地を、この地球を、「微生物」の力を借りてもとに戻していかなければいけない。(白鳥哲監督のスピーチより)

EMは放射能汚染対策はもとより、あらゆる崩壊現象(エントロピーの増大)に対し無限なる力を発揮してくれます。映画「蘇生」が完成し、3月より劇場公開になり、一般の多くの人々にEMの情報を広げるとともに、EMネットワーク活動指針を理解してもらえる大きな力となっています。(比嘉教授講演より)

白鳥哲監督作品:映画「蘇生Ⅱ」の上映が2019年夏の予定です。

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