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EM(有用微生物)のEM開発者 比嘉照夫(ひがてるお)教授ヒストリーです。





沖縄が生んだ「風雲児」比嘉照夫は、1941年、南の島・沖縄に生まれ、幼少のころから、 祖父の教えで農業に親しんできたました。 微生物の力を最大限に引き出すEM技術が、彼のもとで生まれた背景には、 心から沖縄の自然や土を愛してきた思いと、農業への徹底した実践主義やあくことのない探究心が、 あったからではないでしょうか。



EMの開発者である比嘉照夫氏は、1941年、太平洋戦争が開戦した頃に沖縄で生まれました。 幼少期は戦後の食糧難であり、大家族の食べ物を確保するため、 積極的に農作業を手伝ってきました。 この当時の経験が、比嘉氏を自然と「農業」に向かわせることになります。



中学の同級生に沖縄民謡歌手の上原氏がいます。高校進学後、「農は国の基なるぞ」という信念のもと、 農業の発展・食糧増産を目指して農業技術者・指導者を志し、琉球大学農業科へ進学します。
琉球大学卒業後は、九州大学大学院農学研究科に進み、農業(園芸果樹)の研究を進め、 農薬や化学肥料、ホルモン剤、微生物資材など、あらゆるものを試しながら、 ミカンの品質向上を目指して、日々研究に明け暮れていた比嘉氏でした。 その研究を続けているうちに、自身の体調がどんどん悪くなり、気づけば農薬中毒になっていたのです。



自身の病気をきっかけに、考えを一転し、農薬や化学肥料に頼らない農業をしようと、 微生物の研究に着手。琉球大学農学部農学科助教授として、微生物の研究に打ち込みました。 しかし、星の数ほどもある微生物の中から、「口に入れても安全」「環境を汚さない」などの 安全条件をクリアした微生物を選別し、研究を進めても、うまくいきませんでした。 植物の栄養となるような物質を合成する能力が高い微生物だけでは、 おいしくなるが収量が少ない、逆に、病原抑制力が強い微生物だけでは、 作物が病気にならないが味がいまひとつで収量が少ない等、一長一短の効果しか得られ なかったのです。



琉球大学農学科の研究室両脇の植物は研究用に全て比嘉教授が植えたもの、 この草むらも微生物の実験対象でした。



なかなか研究が上手く進まない日々の比嘉教授の琉球大学農学部の研究室。 ある日、出張先から研究室に戻ってきた比嘉氏は、研究室付近の草むらの一部が 異常に生長しているのを目撃します。 そこは、当時研究していた、安全性の高い微生物色々混ざったものを撒いた場所でした。



その時、比嘉氏の頭に、現在のEMにつながる「微生物の組み合わせ」という発想が生まれました。 当時、「嫌気性(空気を嫌う)微生物と好気性(空気を好む)微生物は共存しえない」 というのが微生物学の定説でした。 そして、自然界における土壌では、作物を枯らせたり病気にさせる有害な菌が優占するか、 分解型の菌が優占するかのどちらかしかないと考えられていました。 しかし、比嘉氏は目の前に起こった現象を真摯にとらえ、土壌を発酵型にする、 微生物の最高の組み合わせを発見したのです。



当時、琉球大学農学部の助教授だった比嘉教授は、将来、地球を救う「EM」の効果を確信、農業利用への 研究に没頭し、EMは 1982年に、農業資材としてまたたくまに、世界中にひろまっていきました。 比嘉照夫氏は助教授から、琉球大学農学部教授となりましたが、学生たちにEM技術を講義するひまもないくらい、1年のうち、1/3は海外への農業指導、視察、講演に飛び回ることになります。

★比嘉照夫教授ヒストリー
微生物の可能性が地球の未来を救う!!

☆EMとは(Effective Microorganismsの略) 水質浄化をはじめとする環境改善や、農業、畜産、食品、医療、建築、教育など 様々な分野で、活用されている善玉菌バイオ資材。EMは現在、世界で150ヵ国以上にわたり普及し、国 内でもあらゆる地域で広がりを見せています。 地球環境、人類の未来のため、その可能性が最も注目されている技術の一つ微生物「EM」の開発者、比嘉照 夫(ひがてるお)教授ヒストリーをご紹介します。






1993年 比嘉照夫教授の記念碑的「EM宣言書」◇地球を救う大変革が出版され 大ベストセラーとなりました。 そして、1996年 ◇An Earth Saving Revolution(地球を救う大変革:英語版) も出版され、1994年には◇地球を救う大変革 2が出版されました。1998年に、 ◇An Earth Saving Revolution 2(地球を救う大変革2:英語版)が出版され、EMは世界で も認められ、EM技術は各国へ急速に拡がっていきました。




インドネシア国営放送のテレビ取材を受ける比嘉照夫教授



IPSAが運営しているバリ島「EMトレーニングセンター」 併設されている農園ではココヤシ、バナナ、コーヒー、イネなどがEM栽培されている。



インドネシアのバングリ県北部の村でEM技術を実地指導する比嘉照夫(ひがてるお)教授



EMトレーニングセンターに設置されたEM浄化システムを視察する比嘉教授



世界がEMを待ちかねてたように、次々と、◇特別対談 村上和雄(筑波大学教授)×比嘉照夫― ミクロの世界から新しい時代が始まる ◇微生物が文明を救う 1995年 比嘉照 夫・渡部昇一著 PHP研究所出版 ◇EMを学び、教える「 本」・・・などの比嘉教授の著書・共著本が、 1998年「比嘉照夫のすべて」がサンマーク出版より出版されました。





地球サミットの分科会として「第3回国際ジャーナリスト環境シンポジウム」(読売新聞社・(財) 地球環境財団・クリチバ市共催・外務省・環境庁後援)がブラジルのクリチバ市で 開催され、(財)地球環境財団理事で、(財)自然農法国際研究センター理事の比嘉照夫琉球大学 教授が基調講演を行いました。



地球環境問題での解決への大きな影響力を持つ、報道関係者らに対して、比嘉教授は、「地球環境 問題のほとんどのものが、EM(有用微生物群)の応用によって解決できる」とEM(有用微生物群) 技術を応用した有機・自然農法の可能性を訴えました。



福建省のEMトレーニングセンター視察中の比嘉照夫(ひがてるお)教授・節子夫人



デンマークにも視察へ



もちろん、国内の畜産・養鶏場へもEM活用の指導で全国を飛び回る毎日



中国・韓国・北朝鮮・タイ・ベトナム・インド・南米・コスタリカにもEMトレーニングセンターを設置



ダライラマにもお会いできました。



農業だけでなくあらゆる産業に広がり始めたEM技術の展開は、国内だけでなく海外へ 拡がっていき、現在に至っています。

「汚染され破壊し尽された 母なる地球を蘇らせるのに微生物の力を借りるという有効な手段がある!」とい う強烈なメッセージを込めた、新進気鋭の白鳥哲監督によって作られた 映画「蘇生」を ご覧ください。 比嘉照夫教授の有用微生物群を発見するまでの紆余曲折の半生と生き様が描かれています。

EMとは?
比嘉照夫教授の青空宮殿レポート!
EMの歴史<目次>